BARRA灯台
(FAROL DA BARRA−ファロウダバーハ)

ブラジルはここから始まった。
文/久枝・高橋・サントス

 市の中心から海岸通り(オルラ ORLA)に向かって車を走らせると、ひときわ目立つ、大きな灯台−FAROL DA BARRA(ファロウダバーハ)が見えてきます。現存する鉄造りの見るからに頑丈そうな灯台は、西暦1836年に再建された電気式の灯台ですが、元は1696年に造られた木造のもので、鯨油を光源にしていました。この灯台、元は要塞でした。要塞自体は1583年に建築されたもので、常に防衛上重要な意味を持ってきました。地理的にもサルヴァドールの最端に位置し、180度の視角を可能にしています。現在、要塞内部にはその当時航海に使われた物品を展示している博物館やレストランがあります。
 サルヴァドールがブラジルの最初の首都だったのは皆さんもご存知の通り(ですよね?)。…でも、ブラジルがこのBARRAから始まったというのは初耳かも知れません。
 要塞の建設後、ポルトガルはブラジルへの投資にあまり関心を見せなかったのですが、その後スペイン、オランダ、フランスなどが移民してくるようになると、慌てて本格的な基盤を作り始めたということ。中でも基盤作りの一端として作られた街が、今日、映画やミュージッククリップなどの舞台にもなっている有名なペロウリーニョ地区です。
 それはさておき、要塞が建築された後は、港が建設されました。その港は1549年にポルトガルから政府の役人TOME DE SOUZAが上陸した場所。植民当初、ブラジルに経済基盤が無かった頃は、この港を通じて本土からの支給を受けていたそうです。そして、港はその後、オランダ、スペインを相手にした植民権争いの舞台にもなりました。

 港のはるかかなたに見えるのは、やはり観光名所のイタパリカ島。渡し舟で行くことができます(車ごと乗っていくことも可)。
 そして、水の透明度が高いことで有名なBARRA海岸は、海水浴客ばかりでなく、遠浅で漁をする地元の漁師たちでいっぱい。・・・・・
 戦いの舞台にもなったこの旧港が、今は漁夫たちが生計を立てる場となっているのを見ながら、何かタイムスリップしたような気がしました。
 是非、皆さんも一度お立ち寄りください。
◇◆◇筆者プロフィール◇◆◇

久枝・高橋・サントス
音大卒業後、ピアノ教師に。
結婚を機に12年前にブラジルに渡る。
現在は、サルバドールの海沿いに暮らし、ピアノや歌を教えている。

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