住めばブラジル
日本からブラジルに移住され、ブラジルの社会・環境問題、移民の記録などを録り続けていらっしゃる映像作家の岡村淳氏の「住めばブラジル」。様々な視点からコラムを書いてくださいました。
サンパウロに恐竜大集合!
白いドーム型のOCA
 サンパウロ市の中央にある市民の憩いの緑地・イビラプエラ公園。このイビラプエラ公園が、「ジュラシック・パーク」に変身してしまいました!

 場所は、OCAと呼ばれる公園内のドーム型の展示場。OCAとは、先住民インディオのトゥピー語で住居を意味します。「DINOS-NA-OCA:OCAの恐竜たち」という世界とブラジルの大恐竜展が4月いっぱいまで、ここで開催されているのです。

 空飛ぶ円盤の母船のような白いドームの胎内に入ると、通路はタイムトンネルに早代わり。地球と生命の歴史をモニターで振り返りながら、メイン会場の方へ歩みます。1歩あたり数千万年の重みが。

照明による
恐竜のシルエットも見どころ
砂漠を模した赤土が会場に敷かれる
 トンネルを抜けると、恐竜王国だった。
 全長22メートルの草食恐竜・ジョバリアの復元化石がお出迎え。展示場の床は、一面に赤い乾燥した土。砂漠の化石発掘現場をイメージした演出です。ところどころに、化石輸送用の木箱まで舞台装置として置かれているという凝り様。照明による恐竜の影の効果も計算されているのがうかがえます。

 さらにドーム内の三次元空間をフルに利用して、陸海空の世界の恐竜化石がひしめいています。スロープ状のらせん通路にそって、いろいろな面白くてためになる豆知識のプレートやモニターが設置されています。化石おさわりOK展示や、ジグゾーパズル真っ青の化石復元プロセス等々が楽しめます。

 今回の展示の魅力は、世界各地の有名どころの恐竜化石に加えて、これまであまり知られることのなかったブラジルの恐竜化石とレプリカが大集合していることです。

これがアマゾンザウルスだ!
 ありました、アマゾンザウルス! 1990年に最初に発見されて、2004年に正式発表されたニューフェイスです。約1億1千年前に生息、全長10メートル。
 これまで恐竜の存在が謎につつまれていたアマゾン地方にも、巨大恐竜が生息していたことがようやく最近になって明らかになったのです。

恐竜の足跡の残る仕組みを解説
 ここで知られざるブラジルの恐竜・化石事情をいくつかご紹介しましょう。
 北東部パライバ州の内陸部・ソウザ市にある「恐竜の谷」。世界でも最大級かつ最も保存状態がよいといわれる、恐竜の足跡群の化石が今日でも観察できます。サイズは、最小2センチから最大40センチまで。およそ1億3千年前、このあたりは湖でした。乾季の湖のほとりの軟泥地帯を何種類もの恐竜たちが闊歩して、その足跡の上に土砂が堆積して化石となったというわけです。

 年配のブラジル通の方なら、かつてブラジルの土産店を飾っていた細長い魚の化石を覚えていらっしゃるかもしれません。近年はブラジルの自然・文化遺産の国外持ち出しが厳しくなり、まずおおっぴらに売られることはなくなりました。
 こうした古代魚化石の故郷で、様々な恐竜の化石も産出しているのが「恐竜の谷」よりさらに西の内陸に入ったセアラ州・ペルナンブコ州・ピアウイ州の3州にまたがるアラリペ高原です。専門家によると、世界でも類がないほど恐竜化石の保存状態が良好とのこと。1億年以上前の恐竜の表皮や筋肉、血管までが化石化して残っているというのです! 

ドーム内に陸海空の恐竜化石がひしめく
 このアラリペ高原での発掘調査では、これまで19種類もの翼竜・プテロザウルスの化石が発見されています。
 さて不肖わたくし、日本の幼稚園時代からの恐竜ファンですが、翼竜といえばプテラノドンと覚えてきました。プテラノドンとプテロザウルスはどう違うのでしょう?
 調べてみると、プテロザウルスは広く翼竜類のことを指し、恐竜マニアによく知られるプテラノドンとはラテン語で「歯のない翼」を意味し、アメリカ合衆国などで発見された歯を持たない翼竜を呼ぶことがわかりました。復元図を見ると、やはり歯がある我がブラジルの翼竜の方がカッコイイぞ。

 最近の報道によると、日本の生んだ大怪獣ゴジラが再びアメリカ映画として、今度は3D映画として製作されるとか。この3Dゴジラ、なんと南米はイグアスーの滝から出現するという設定だそうです!
 新ゴジラはアメリカ大陸を北上、最後にラスベガスに登場するといいます。

 そうなると途中、歯のある翼竜プテロザウルスやアマゾンザウルスの怪獣版との一戦が期待できるかもしれません。ますます南米が面白くなってきました!


◇◆◇筆者プロフィール◇◆◇

岡村淳(おかむら・じゅん)

1958年、東京生まれ。早稲田大学第一文学部日本史学専攻卒業。1982年、日本映像記録センター(牛山純一代表)入社。処女作は日本テレビ『すばらしい世界旅行』の「ナメクジの空中サーカス 廃屋に潜む大群」。以降、ゲテモノおよび中南米の取材を主に担当して、大アマゾンの裸族、ピラニア、ポロロッカ等々を扱う。
1987年、フリーとなり、ブラジルに移民。
フリーの番組ディレクターを経て、1991年、小型ビデオカメラを用いたひとり取材に開眼。ブラジルの社会・環境問題、移民の記録にこだわり、作品をNHK、東京MXテレビ、朝日ニュースターなどの日本のTVメディアで発表。近年は自主制作によるドキュメンタリー作りを続けている。
自主制作の代表作に「郷愁は夢のなかで」(1998年)、「ブラジルの土に生きて」(2000年)、「赤い大地の仲間たち フマニタス25年の歩み」(2002年)、5時間15分の長編「アマゾンの読経」(2004年)など。
作品の上映には制作責任者である岡村の立会いを原則として「ライブ上映会」と呼ばれ、「ひとりでもご覧になりたい方がいればおうかがいする」という方針で、これまで日本、ブラジル、台湾、アメリカ、チリ、アルゼンチン、オランダでライブ上映会を実施。


ブラジルに渡ったドキュメンタリー屋さん 岡村淳のオフレコ日記 にて、毎日更新中。

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